C57 95

(長崎県諫早市、長崎県立総合運動公園

昭和14年、日立製作所にて作製
名古屋に新製配置され、戦後金沢・富山と北陸線で活躍し、
糸魚川電化に伴い豊岡に移りました。

その後山陰のディーゼル化に伴い昭和47年人吉へ移り、
宮崎で火を落とした後、
昭和50年2月17日鹿児島にて廃車となりました。

バイパス弁点検窓は鷹取工場仕様の蓋付きで、
砂蒔き管は鹿児島工場で三本に増設されたものです。
現在は硝子部品を殆ど外された状態で保存されていますが、
荒らされた様子はなく、このように休日は多くの子供達に囲まれて
公園のシンボルになっているようです。

尚、ナンバープレートは鉄板の複製品のようです。

では、95号機を御覧下さい。


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