C55 52

人吉から高速道路で加久藤峠を越えること15分。
宮崎、えびのに着きます。
そこから鹿児島方面へ9km…

肥薩線と、吉都線の分岐点「吉松駅」があります。

駅の玄関には48647の動輪が置かれているんですね。
鉄道100年記念のモノだそうです。
(4点とも平成14年 9月22日撮影)

吉松駅待合室にて



吉松駅の右手には・・・

この様な立て看板が見つかります。
下から2行目には・・・・

早朝の雲海たなびく吉松盆地に汽笛を響かせ、
ドラフト音高く、川内川(せんだいがわ)の
鉄橋上を疾走する勇姿は忘れられません」…
そして、その左隣には…
平成12年 撮影

此が「貴婦人」のお姉さん、(?)「女学生」C55 52なんです。
この機関車は昭和12年3月14日に汽車製造で作製され、小郡に新製配置の後、
その後、糸崎、鳥栖、大分、宮崎、若松を経て吉松に昭和47年3月24に配属されました。
その後、昭和49年4月に鹿児島に移り、昭和50年1月に廃車後、吉松で保存されました。

走行距離は338万2307.5kmです。


平成12年 撮影
55は昭和10年(1935)〜1937年迄、
62両が生産されました。

先代のC54が失敗作に終わり、
抜本的に見直して改良設計されたのですが・・・

まず、鋳鉄製の台車を装備したこと、

ボイラー上部は蒸機溜と砂箱を一体化した
楕円半球状のドームにしたこと、

加減弁の配置転換、

そして、最大の特徴は…
ポーク形の動輪リムに、リブが付いてますね。
此は軸心の強度を増すために付けられた物で、
「みずかき」とあだ名が付けられました。
ちなみに、スポーク動輪は1750mm径のものとしては、
此が最後となりました。

平成12年 撮影
長さ 20380mm
幅 2936mm
高さ 3945mm
シリンダー寸法 510×660mm
使用圧力 14.0kg/平方cm
機関車重量 66.04t
火格子面積 2.53平方m
運転台です。
余りいじられていないせいか、部品も破損が見られず
かなり大事に守られていましたね。
何しろ入り口には
「きけん!のぼるな」
と書かれた板が挟んでますので…

平成12年 撮影
かつて吉松は道路が未発達の頃、
熊本、鹿児島、宮崎への拠点として
機関区が置かれていた程大きな駅でした。

然し、車が通るにも危険だった加久藤峠の国道も
人吉と加久藤にループ橋ができ、
近年は高速道路が人吉からえびのへ繋がりまして、
乗客も高速バスへ殆ど奪われた今、
肥薩線の峠を越える汽車は今や一日5往復、
吉都線も一日10往復程度の寂しい路線になりました



あれから2年後・・・・